2013年10月17日木曜日

デヴィッド・マーシャル・グランドの成功への道

この月曜日、ニューヨークフィルムアカデミーが主催した、ABCドラマ『Brother and Sisters』の上映会と、エグゼクテュブ・プロデューサーでショーランナー(現場責任者)のデヴィッド・マーシャル・グラントを招いたQ&Aが開催された。

グランドが成功に導いた番組は、エグゼクティブ・プロデューサーとショーランナーを務めたNBSの『Smash』とABCの『Broters and Sisters』がある。また、彼は熟練俳優であり脚本家でもある。彼が手がけた初の舞台『Snalebit』は、ドラマディスク・アワードとOuther Criticsアワードの両方にノミネートした。続いて2000年にマンハッタン・シアター・クラブがプロデュースした『Current Events』を担当。最も最近の舞台は、Playwrights Horizonsで2006年に上演された『Pen』である。また、俳優としてブロードウェイの『ベント』でリチャード・ギアとの競演や、トニー賞にノミネートした『Angels in America』がある。映画の出演は、『プラダを着た悪魔』『ザ・ロック』『エア★アメリカ』など、テレビでは『運命の瞬間/そしてエイズは蔓延した』『Citizen Cohn』『thirtysomething』『弁護士イーライのふしぎな日常』『Party Down』などがある。

Yale School of Dramaに在籍したあと、デヴィッドはコネチカットで開催されているユージン・オニール戯曲カンファレンスに行き、『Bent』のワークショップに参加した。学校を出てすぐにブロードウェイでリチャード・ギアの相手役を受けに行き、大きな成功を掴むこととなったのだ。「人生のほとんどは自身で切り開くものだし、人生のほとんどの行く末を見つけるのは自身だ」そうデヴィッドは言う。戯曲のカンファレンスで、デヴィッドは物語に心を奪われるようになり、脚本でも俳優としての経験が活せるのではないかと感じた。この感覚が頭から離れず、ある夏まで彼は舞台の脚本を書き続けた。実際の制作を仮定し、スケジュールなどを割り出し、彼は一日目から23ページ書き上げるなどした。だが、努力して5年間書き続けたが、その間に公演に結びつくことはなかった。

デヴィッドは執筆に専念する為に俳優の仕事は『Bent』以降行っていない。次に舞台に関わったのは、自身が手がけた『Snakebit』であった。12年前、この舞台はニューヨークのグローブストリート・シアターで限りなく小規模で上演された。観客は53人。その内の一人にニューヨークタイムズのピーター•マークスがいた。マークスはこの舞台を絶賛するレビューを書き、次の日には沢山の人がつめかけることになった。そうやって彼はまた新たに注目されることになる。

その頃のデヴィッドは、テレビの連続ドラマのオーディションに落ちてばかりいて、彼は「閉じていたドアを開こう」と決意し、脚本家となった。とはいえ、それはデヴィッドにとって大きな葛藤の連続だった。それから5、6年後、ジョン・ロビン・ベイツから『Brother and Sisters』の脚本の声がかかり、彼はそれ以降ずっと続けている。

デヴィッドは「失敗して当たり前」だと、いつも学生達に言い続けてきた。もの作りは長いゲームなのだと。「成功を求めて、それが今日成し遂げられなかったら、それは次の5年で起きるものだ。だが、それは同時に決して諦めないということでもある。」

デヴィッドは、同性愛者を最初に演じた俳優の一人だった。彼が『Bent』で演じたような役は、異性愛者や同性愛者の俳優達でもやりたがらないものだ。これはデヴィッドが俳優として無名だという意味でもあった。『thirthsomething』で再び同性愛者の人物を演じた際、自身のキャリアのプラスにはならないと確信した。そして、それまでにメジャーな映画の出演がなかったこともやめる切っ掛けの一つとなった。ブラッド・ピッドやトム・クルーズにはなれないし、同性愛者だと思われてしまうからである。


彼は自身を駆り立てることが必要だと語った。「世界が注目してくれるまで、毎日失敗を積み重ねることさ」彼はそう言ってこのイベントを締めくくった。

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